I WAS THERE

好きなことを好きなように。旅と読書が好きなIT企業のサラリーマン。

恥と痛みの狭間に立たされて

胸が息苦しい程ドキドキして来た。恥かしいのか、怖ろしいのか、又は悲しいのか、自分でも判然らない感情のために、全身をチクチクと刺されるような気がして、耳から首筋のあたりが又もカッカと火熱って来た。……眼の中が自然と熱くなって、そのままベッドの上に突伏したいほどの思いに充されつつ、かなしく両掌を顔に当てて、眼がしらをソッと押え付けたのであった。

https://aozora.hyogen.info/detail.html?url=886468953

出典:夢野久作 ドグラ・マグラ

 

先日の初めて体験した出来事と感情は、上の引用文に集約されている。

世のほとんどの感情は極限まで達すると、涙に変わるらしい。

皆さんは何の話だかお分かりになるだろうか。

 

その出来事は突然だった。

違和感を感じたのは、いつものように通っているジムから帰ってきたときだ。

その日は年度末ということもあり、これまでの仕事のストレスをベンチプレスに込め、気持ちを新たに新年度を迎えようといつもより長めのトレーニングで汗とデトックスを排出した。

達成感から気持ちも高揚していた僕は違和感を特に気にも留めず、そのままシャワーを浴びて次の日に備えた。

発熱だろうか。寒気がして身体が震える。

 

鍛えた部位の筋肉痛とともに目を覚まし、気になったので体温を測るも36.9度。

新年度早々軽い微熱かと思いながら支度をして会社へ向かう。

昨日の違和感は若干の痛みを伴っていた。

ただ、順調に発育されている証拠である筋肉痛への喜びと発熱はまさかコロナでは...という不安で、やはり痛みにはあまり気にも留めずに仕事をこなした。

 

帰宅後も違和感は収まらず、むしろ痛みが増してきている。

身体は慣れたが相変わらず微熱の状態は続いている。

最近肌は荒れるし、白髪も増えてきたし、クマは寝ても取れないし、唇もいくらリップを塗っても乾燥しっぱなしだ。

年を取ると身体のあちこちが不調を訴えるとはいうが、いくらなんでもまとめて現れすぎではないか。

リラックスして身体を労わろうと久しぶりに湯船に浸かった。 

 

違和感をはっきりと捉えたのはこの時だ。

湯船に浸かり、違和感を感じる部位に手をやると明らかに腫れている。

まさか自分がと疑う気持ちもありながら、ほぼ確信するしかない状況に首を垂れながら、風呂を上がった。

 

疑いを晴らしたい一新でインターネットを開くも、調べれば調べるほどその気持ちと反し、自分の症状と一致していく。

そう思うと体調もどんどん悪化していき、諦めて寝床についたが、痛みと寒気で眠りについたのは朝方だった。

 

とりあえず病院に行けば、少しの恥を捧げればこの痛みは治るだろうと安直に考え、出社後即上司に事情を説明して病院へ向かった。

これが悲劇の始まりだった。

 

 もうみなさんお気づきかと思うが、向かった先はそう、肛門科である。

人生で初めての肛門科に少しドキドキしながら受付に進む。

 

「今日は大腸検査ですか?痔ですか?」と受付のおばちゃんが大きな声で問いかける。

 

ハッとした。

肛門科に来る人間は皆、肛門に何らかの不具合を抱えている者たちの集まりだと思っていたが、そんな甘い世界ではなかった。

単に検査できている者もおり、そちら側の人たちからは冷たい視線を浴びせられていることに気付いた。

そこには少数派特有の一体感などなく、優越感と劣等感がはっきりと存在していた。

 

私も例に漏れず、若干の劣等感を持ちながら人生で初めて発する言葉で返答した。

「痔です」

 

10分も経たないうちに名前を呼ばれ、診察室に通される。

さすが肛門科というべきか、診察室の扉を開けても一枚壁を挟んだ先に先生が座っており、万が一誤って別の患者さんが扉を開けても恥ずかしいところが見られないようになっている。

「コの字」に歩き、先生のもとへ辿り着く。

 

特にヒアリングをするわけでもなく、先生の隣に立つ膨よかな女性に「ズボンのボタンとチャックを開けて横向きに寝てください」と告げられ、明らかに戸惑いを見せながら言われた通りの体勢をとる。

 

それからはどんな会話があったかはあまり覚えていない。

何も言わず膨よかおばさんは私の両尻を掴み、そして広げ、先生の指が肛門を目掛けて一思いに突き刺してきた(ように思えた)。

今までに感じたことのない痛みと肛門を触らせてしまっているという申し訳なさから、「ごめんなさいぃぃっ!」と叫んでいた。

 

「あー、結構腫れちゃってるね。膿が溜まってるからこれ破って取り出すしかないよ」

 

...破る??

私の肛門で今何が起こっており、どう処置をすべきかを淡々と優しい口調で述べられたのだが、触れただけで思わず謝罪してしまうほど痛い場所を破るとはどういうことだと半分パニック状態だった。

ごめんなさいという私の叫びを気にも留めず話を進められていることに気付かないくらいだ。それはもうパニックであろう。

 

「麻酔した後に膿を吐き出すからね。悪いけどかなり痛いよ。がんばってね。」

 

私に決定権などなく、どんどんこれから起きることを述べられ、ある種の諦めモードに入り、もはや力のない返事をするしか私にできることはなかった。

 

それはそれは激痛であった。

皆さんが想像する数億倍の激痛だ。

耐え悶えるしかない私にはほんの数分が10分にも20分にも感じた。

恥と痛みで身体中の血液が沸騰するほどだった。

全裸で5分棒立ちする方がマシだと思うほどだった。

 

ジムで身体を鍛えあげたムキムキの人だろうが、年収1億の人だろうが、会社で部下に偉そうにしている人だろうが、知識武装をして生意気にも上司に歯向かう勇敢な若手社員だろうが、高級外車を乗り回す高身長イケメンだろうが、この激痛の前では無力だ。

どれにも当てはまらない私はもちろん無力であった。

 

永遠の地獄のようにも思えた、膿の除去が終わった後も痛みに顔を歪めながらも放心状態となっていた。

放心状態のまま肛門にガーゼを当てられた。

痛みが少し落ち着いてくると正気を取り戻し、自分がガーゼを肛門にあてて半ケツの状態で固まっていることに気付き、痛みによって押さえつけれられていた恥という感情が顔をだした。

急いでズボンを履いた。

 

病名は痔瘻

何らかの原因で細菌が入り膿が溜まり、膿が溜まると痔瘻という管ができる。

膿を取り出したからといって放っておくと、また管に膿が溜まりそれが破れて...ということを繰り返し、複雑化していくと最悪癌化するらしい。

そしてこれは薬では治らず、腫れが治まるまで通院、炎症が治まれば手術をして入院までしなければならない。

 

私の神経は肛門に集中していたので、その時の説明はほとんど頭に入ってこなかったが、ざっとこういう病気らしい。

 

通院という言葉だけは聞き取れたので、分かってはいたが心構えのために恐る恐る尋ねる。

「通院ってことは今日みたいなことをまたするんですか...??」

 

「そうだよ。膿が全部抜けきるまでは注射だね。明日も来てね。」

 

私の痔瘻治療は続いていく。